大阪高等裁判所 昭和50年(行コ)7号 判決 1976年7月16日
控訴人(被告) 阿倍野税務署長
訴訟代理人 服部勝彦 勝谷雅良 ほか二名
被控訴人(原告) 中島利直
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は被告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 次の事実は当事者間に争いがない。
被告が四一年二月二五日付で大和新産〔編注:大和新産業株式会社の略記〕に対し、同社が三九年一一月一日から四〇年一〇月三一日までの事業年度において、同社所有の本件各土地を櫂谷沙子に売渡したとして、その譲渡益に対し、法人税を一五七万〇八四〇円とする更正処分及び重加算税を四七万一〇〇〇円とする賦課決定処分をした。
その後被告は原告に対し、四三年九月二四日付で、大和新産の滞納にかかる右法人税、重加算税、及び本税額に対する延滞税につき、同社が櫂谷から受領した右売買代金を原告が同社から無償譲渡を受けたことを理由として、原告を第二次納税義務者とする納付告知処分(納税限度額三五五万円)をした。原告はこれを不服として異議申立をしたが棄却され、さらに大阪国税局長に対し審査請求をしたが、これも棄却された。
二 原告は、被告の第一次課税処分は無効ないし取消されるべきであり、したがつて本件納付告知処分も違法となる旨主張するので判断する。
(一) 第一次課税処分が無効であるというためには、右処分に重大かつ明白な瑕疵が存しなければならないところ、後記のように大和新産の帳簿に本件各土地が同社の資産として計上され、同社から被告へ提出された毎事業年度の法人税確定申告書の添付書類にも本件各土地が会社資産と記載されていたこと、買主を櫂谷とする本件各土地の売買契約書に、売主として「大和新産株式会社代理青木源次郎」と表示されていたことなどの事実が一応認められるのであつて、これによれば大和新産がその所有にかかる本件各土地を櫂谷に売却したと認定してした第一次課税処分には重大かつ明白な瑕疵はないものというべきである。その他本件全証拠によつても、これを無効とする事由は見当らないから、この点に関する原告の主張は失当である。
(二) <証拠省略>によると、大和新産は第一次課税処分に対し大阪国税局長に審査請求をしたが棄却された事実が認められ、弁論の全趣旨によれば、同社が右課税処分について抗告訴訟を提起しなかつた事実がうかがわれる。したがつて第一次課税処分により主たる納税義務者である大和新産の納税義務及び税額はすでに確定したものということができる。
しからば、第二次納税義務者である原告が、本件納付告知処分の取消訴訟において、すでに確定した大和新産の右納税義務を争い、同社に納税義務のないことを理由として本件納付告知処分の違法を主張することはできないから(最判五〇年八月二七日判決参照)、この点に関する原告の右主張も理由がない。
三 次に原告は、第二次納税義務の事由とされた大和新産から原告に対する売買代金の無償譲渡を争うので、以下に判断する(第二次納税義務の納付告知を受けた者が、第二次納税義務の課税要件を争うに際し、その前提問題として第一次課税処分において認定された事実と異る主張をすることは何ら妨げられないところである。)。
(一) 次の事実は当事者間に争いがない。
原告が、不動産仲介業者である青木源次郎の仲介により、三五年八月六日頃、もと松本鶴喜知所有の本件第一の土地を代金一四〇万円で、もと宗教法人一心寺所有の本件第二の土地を代金一五五万円で、いずれも地上建物と共に買受けたこと、その際原告は右各地上建物の居住者に立退料として合計三九〇万円を支払い、また青木に仲介手数料三〇万円を支払つた。ところが青木は、三五年八月本件各土地につき、いずれも青木名義に所有権移転請求権保全の仮登記手続をしてしまつた。
(二) <証拠省略>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、前記のように青木が原告の意に反して本件各土地全部について同人名義の仮登記をしたことが判明したのでこれに不安を覚え、同人を取締役とする会社を設立し、本件各土地をその会社が所有する形式にしておけば同人が勝手な行為に及ばなく、税金対策にもなるであろうと考えた。そこで原告は知人の田中譲と図つて三五年一〇月二七日資本金三五〇万円で大和新産を設立し(この点は当事者間に争いがない)、その払込金の全額を原告が支払つたが、自らは取締役にも就任せず、右田中が代表取締役、青木外一名を取締役として設立登記がなされた。
2 そして、大和新産が本件土地を松本及び一心寺から代金合計三五〇万円で購入したものとして帳簿に記載しこれを会社資産として計上し、被告に対する法人税確定申告書にも同様の記載をした。しかし本件各土地を真実原告から大和新産に譲渡する意思は原告にも大和新産の代表者である田中にもなく、会社資産の計上等は形式上の仮空処理にすぎなかつた。
3 大和新産の帳簿上では、三五年一〇月三一日原告に対し本件各土地代金の内金として出資金から二三〇万円が支払われ、三七年五月一五日同社が一五〇万円の増資(原告がその全額を負担した)をした際、残代金として一三〇万円が支払われたように処理されているが(したがつて、本件各土地の仕入先と代金支払先とが帳簿上そごしている)、右は形式上同社が本件各土地を三五〇万円で買入れて会社資産として計上しているので、これに符節を合わせるための操作にすぎないものである。すなわち、原告が同社に振込んだ合計四〇〇万円の出資金のうち三五〇万円は、振込後ただちに土地代金名下に原告に戻つてくることを予定したうえでの形式的な出資であつた。
4 青木は原告の意思に反して本件土地第一につき三七年七月一七日、本件土地第二につき三九年四月一八日、それぞれ青木に所有権移転登記手続をしたうえ、三九年一一月五日本件各土地を櫂谷妙子に代金八六四万円で売渡した。これを知つた原告から追及されるや、青木は本件各土地の買主は青木であるから、これを取得したとき原告の支出した金員を原告に返済すればこと足りるという態度をとり、四〇年三月三一日から同年六月三〇日までの間に、数回にわたり田中を介して又は直接原告に合計七一五万円(この金額は原告が本件各土地を取得した際に支出した買入代金、立退料等の合計額と一致する)を支払つた。青木が右金員を支払つたのは大和新産に本件土地の売買代金を交付するためではなく、原告に対し融資金を返還する意思によるものである。青木から右金員を交付された田中は、これが大和新産に支払われたものとは考えず、同社に入金したり、その旨の記帳をするようなこともなく、青木の依頼どおりそのまま原告に交付した。これは受領した原告は青木から自己の投資を回収する意思によつたものであつて、大和新産から贈与を受けるような意思は全くなかつた。
以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠省略>は、たやすく信用できない。
してみると、本件各土地は大和新産の帳簿上では同社の保有資産とされているものの、実質上の所有者は原告であつて、本件各土地売却による損益の帰属者は原告であるということができる。
(三) もつとも、<証拠省略>によると、(イ)大和新産が本件土地第一の不動産取得税一万二〇四〇円を納付していること、(ロ)青木が本件各土地を櫂谷に売却した際の契約書に、売主を「大和新産株式会社代理青木源次郎」と表示していること、(ハ)大和新産が第一次課税処分に対する審査請求において、本件各土地が同社に帰属することを前提として、その取得原価に立退料三六〇万円を加算すべき旨主張していること、荷(ニ)大和新産が四一年五月頃櫂谷及び青木を被告として所有権に基づく本件各土地の明渡し及び所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起した事実が認められ、これらの事実は原告の本件各土地の所有を否定するものとみられないではない。しかし、(イ)は本件土地第一を形式上大和新産の保有資産とした以上当然のことであつて、前記認定と矛盾するものではない。(ロ)の事実も、被告の主張によれば<証拠省略>のような形式の契約書によつたというのであるが、これに記載された大和新産の所在地番が事実に相違し、青木の事務所所在地番が記載されていること、代理形式として不備があること及び<証拠省略>によつて認められる青木の「代理形式をとつたのは田中からそうしてくれと頼まれたからである」旨の供述を考え合わせると、青木は本件各土地が大和新産の所有であるとは考えておらず、同社を代理する意思ではなかつたものと認められ、前記認定を左右するものではない。(ハ)及び(ニ)の事実も、形式上の所有形態を首尾一貫させようとしたものとして理解できないではなく、いまだ原告の実質上の所有権を否定するに足りない。
その他に前記認定を動かすに足る的確な証拠はない。
(四) 被告は、原告が大和新産の存在を否定する主張をすることは法人格否認の法理、禁反言ないし信義則に違反する旨主張するが、原告は大和新産の存在自体を否定しているものではなく、本件各土地が実質上同社に帰属していなかつた旨を主張しているのであるから、被告の右主張は当らない。
三 以上認定したところにしたがえば、原告が青木から受領した七一五万円は、大和新産が原告に無償譲渡したものでないことは明らかである。
そうだとすると、右を無償譲渡に当るとして国税徴収法三九条に基づき原告に対し第二次納税義務を課した本件納付告知処分は違法であつて、取消すべきである。
これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 前田覚郎 藤野岩雄 中川敏男)